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よしもと ばなな 

よしもと ばなな 

 

「すばらしい日々」より          

幻冬舎   2013年10月25日  発行

 

「ただあそぶ」

 

 子犬がおもちゃを持ってただただじっと階段の下で待っている。

私は2階で必死で仕事をしていて、幼児があって階段をおりていくと、じっとじっと子犬が私を見上げる。そこにものすごい圧力を感じる。

子どものときも同じだったなぁ、と思う。

ものすごく忙しい時にかぎって、単純なくりかえし遊びをしようと誘うのが彼らの特徴だ。

  

 中略

 

子どもはもうすぐ9歳になる。

もうすぐ「いっしょに出かけよう」と言ってもいやだというだろうし、今はうるさいくらい手をつないでとか抱っこしてとか言ってくるけど、もうすぐ寂しいくらいにふれあいがなくなるのだろう。きっとそうしたら今いらだったことや、時間をとらなかったことを後悔するに違いない。先代の犬を失ってから「もっといっしょにいればよかった」と思ったみたいに。

胸がきゅんとなる。私は今子犬にしてあげているみたいに、ただ子どもといっしょにいたことがあるだろうか?自分の時間をただでさえ取られているんだから、と思って、いっしょにいても携帯電話を見たり仕事ばかりしていたような気がする。1回しかない子ども時代なのに、しかももう一人産もうと思ったけど結局そんなひまがなかったので、赤ちゃんといられたのは1回だけだったんだな、と思うとますます切なくなる。

 

 すばらしいとは言えなかった、でもベストはつくした、体のどこかをくっつけて、怒ったり笑ったりして一緒にいた時間がたくさんあった。

 自分に言い聞かせるように、そう思うことしかできない。

 

エゴとエゴをぶつけあって、お互いのニーズをなんとか通そうとするのは生き物としてしかたのないことなのだと思う。きれいごとのはいる余地はない。余裕があるときだけ、相手のことを考えてあげられる、それがせいぜいなのかもしれない。

 

 でも、子犬がただはしゃいでおもちゃをくわえて走ってくるとき、子どもと手をつないで歩いていると景色がきれいに見えるとき、ふたつの命が溶けあってエゴがなくなる。そんな瞬間をなにより大事に思う。

 

 この本は、エッセイをまとめたものだけれど、

どのお話も、今ある時間を凝縮してあるような感じで、今の私にグッときた。